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@eguchi2012

江口某(焦土)@eguchi2012

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2012年07月10日(火)111 tweetssource

7月10日

@eguchi2012

江口某(焦土)@eguchi2012

ピザよくとりますよ。私が使ってるのはシカゴ。教室指定してもってきてもらえる。ヘビーのロイヤルシカゴにします。少し少ないかな、ぐらいでOK。ビールと酎ハイは別に酒屋さんに頼みます。

posted at 09:30:11

7月10日

@eguchi2012

江口某(焦土)@eguchi2012

学会で重要書を100冊ぐらい並べて、「原書で読んだ」「翻訳で読んだ」「一部は見たことがある」「読んでない」「知らなかった」とか回答してもらったらどうか。

posted at 11:08:50

7月10日

@eguchi2012

江口某(焦土)@eguchi2012

「自分自身の心を抑うつ状態に置き、最初の困難で意気阻喪してしまい、何らかの学問分野にとおいて洞察を得ることや、自分の日常の仕事に役立つ以上に知識を獲得することは、自分の能力を越えていると決め込む人たちもいます。」

posted at 12:42:28

7月10日

@eguchi2012

江口某(焦土)@eguchi2012

「……この人たちは、歩いてゆくための足がないと思ってじっとすわっているのです。こういう人たちには、「足を使えば足が得られる」という諺を答として出せばいいでしょう。」

posted at 12:43:08

7月10日

@eguchi2012

江口某(焦土)@eguchi2012

「誰でも、自分の能力がどれほどの強さをもっているかは試してみるまでは分からないものです。知性に関しては、それを使う前に考えているよりも、一般にその力は大きいと言って間違いないでしょう。「そして、それは進むについれて力を増す」のです。

posted at 12:43:50

7月10日

@eguchi2012

江口某(焦土)@eguchi2012

「したがって、この場合の適切な治療法は、心を働かせ、思考を精力的に当面の仕事に向けることです。戦争という闘争においてと同様、心の闘争においても、「彼らは、自分たちが勝っていると考えている限り、勝った」ということが当てはまります。」

posted at 12:44:51

7月10日

@eguchi2012

江口某(焦土)@eguchi2012

「学問上のどのような困難に出くわしても、それを克服してみせると確信していれば、必ずと言っていいほどそれは私たちに困難を突破させてくれます。」

posted at 12:45:23

7月10日

@eguchi2012

江口某(焦土)@eguchi2012

「確実なのは、弱い足で出発する人は、強権な身体としっかりした手足をもっていながらじっと座っているだけの人よりも、遠くまで進むだけでなく、ますます強くなるということです。」

posted at 12:46:19

7月10日

@shigeruurano

Shigeru URANO@shigeruurano

@eguchi1965 初めまして。ライルは自然言語の非公式的な論理の明確化によって哲学的問題に対処する方針を概念分析といっていたと思います。他方、自然言語の非公式的論理は、それ自身社会生活の構成要素という意味で、単に道具でなく社会学からすると積極的現象かとも思っています。

Retweeted by 江口某(焦土)

retweeted at 18:02:46

7月10日

@eguchi2012

江口某(焦土)@eguchi2012

「他方、自然言語の非公式的論理は、それ自身社会生活の構成要素という意味で、単に道具でなく社会学からすると積極的現象かとも思っています。」こっちの方が微妙にわかりにくいのかしら。

posted at 18:04:08

7月10日

@eguchi2012

江口某(焦土)@eguchi2012

「自然言語の非形式的論理は、社会生活の構成要素なので、概念を分析することは社会学でも当然価値がある」ならわかる。

posted at 18:06:31

7月10日

@eguchi2012

江口某(焦土)@eguchi2012

おそらく「ある概念をばらばらにして必要条件とかを導出ようなのだけが分析じゃないよ、その概念がどういうふうに使われているかを見るのも分析であるのだし、その使われかたは社会的な関係の上でなりたっているので社会学の研究対象なのだ」ってことだろう。

posted at 18:08:33

7月10日

@eguchi2012

江口某(焦土)@eguchi2012

これでいいのかどうかはあんまり判然としないけど、これくらいの理解で許してもらうことにしよう。ありがとうございます。

posted at 18:09:10

7月10日

@eguchi2012

江口某(焦土)@eguchi2012

「概念分析」っていうと、概念がアプリオリ(?)に含んでいるものを明らかにしたり、命題がどういうときに真になるかの条件を出してくれたりすることを期待してしまう。

posted at 22:04:54

7月10日

@eguchi2012

江口某(焦土)@eguchi2012

これらはかなり伝統のある使い方なので、それ以外の意味で「概念分析」を使うのならば、よほど用心しないといろいろ誤解されたりするかもしれない。

posted at 22:07:14

7月10日

@eguchi2012

江口某(焦土)@eguchi2012

『概念分析の社会学』に関してはそういうことをしているようには見えなかったけど、もう記憶が薄くなっているので……すみません。

posted at 22:07:59

7月10日

@eguchi2012

江口某(焦土)@eguchi2012

おそらく、「AはBを含意するようだ」とかってときのテスト方法が違うんだろうと妄想。由緒正しいやつでは「BでないA」みたいなものを考えられるか考えてみたりするわけで。

posted at 22:14:20

7月10日

@eguchi2012

江口某(焦土)@eguchi2012

「X君は独身だけど妻がいる」だと×、「Y子は独身男だ」だと(なんかいやな感じがするけど)×、だから「独身男は結婚してない/妻がいない/男性である」みたいに分析されることになる。

posted at 22:15:18

7月10日

@eguchi2012

江口某(焦土)@eguchi2012

まあでもとにかく「概念分析」というからにはなんかの「必然的関係」みたいなものを主張してくれることを期待してしまう。

posted at 22:17:35

7月10日

@eguchi2012

江口某(焦土)@eguchi2012

そうでなければなにも言ってないに等しい、かもしれないしそうでないかもしれない。とにかく私には関係ないことでござんした。

posted at 22:28:50

7月10日

@eguchi2012

江口某(焦土)@eguchi2012

まあ「概念分析ってなんですか?」っていわれたら、「概念どうしの(必ずしも必然的ではない)関係を明らかにすることです、必然的関係だけを探しているわけではありません」ってこたえ続けてたらいずれ世界は変わるかもしれないので、それはそれでOK。

posted at 22:40:24

7月10日

@eguchi2012

江口某(焦土)@eguchi2012

その比喩の直前には、「 概念の結びつきの中には,それがないと他の判断や推論が成り立たなくなるような強い結びつきと,そうした結びつきを前提としつつなされる一つひとつの判断や推論のような弱い結びつきがあるのです。」とよいポイントが指摘されている。

posted at 22:48:24

7月10日

@eguchi2012

江口某(焦土)@eguchi2012

ところが「強い」結びつきと「弱い」結びつきがどういうもので、それが導管とどういう関係になっているかわからない。(「強い」「弱い」は以後出てこない)

posted at 22:48:56

7月10日

@eguchi2012

江口某(焦土)@eguchi2012

総論より各論を見るべきだろう。ツイッタとかでも余計なことは書かないようにした方が人様の貴重な時間をとらずにすみそうな気がする。ごめんなさいごめんなさい。

posted at 22:56:49

7月10日

@eguchi2012

江口某(焦土)@eguchi2012

まあ正直なところ、私自身は哲学だろうが社会学だろうが法学だろうがなんだろうがあんまり気にならない、というかそういうのあんまり気にしてない気はするのだが、そうでもないか。

posted at 23:22:03

7月10日

@eguchi2012

江口某(焦土)@eguchi2012

「哲学的な」主張をする社会学者の人達には昔から非常に興味がある。どっちかっていうと「うらやましい」みたいな感じの興味。

posted at 23:22:37

7月10日

@eguchi2012

江口某(焦土)@eguchi2012

まあそもそも「概念」ってのがなんだかよくわかってないから、「概念分析」とか「概念を分析する」とかってのもよくわからなくてなんかイライラするんだよな。

posted at 23:24:57

7月10日

@eguchi2012

江口某(焦土)@eguchi2012

昼間ロック先生読んでたら「概念」は複合観念であって(理想的には)単純観念まで分析できなきゃなんない、みたいな話書いてあってはっと思った。まああんまり正確じゃないけど。

posted at 23:25:53

7月10日

@eguchi2012

江口某(焦土)@eguchi2012

まあ「概念ってなんですか?」ってやってもう20年か……なにもわかってないというのはこれはどっかおかしいのではないか。

posted at 23:26:31

7月10日

@eguchi2012

江口某(焦土)@eguchi2012

まあしかし(理論)社会学をバックグランドにしている人々が哲学とか倫理学とかをバックグランドにしている人間の興味を引きやすいってのはあるかもしれないと思う。私は気になる。

posted at 23:36:09

7月10日

@eguchi2012

江口某(焦土)@eguchi2012

言語学とか経済学とか政治哲学とか法哲学とかやってる人々は、基本的に同じ言葉でやりとりできるんではないかと思うんだけど、社会学の人々はなんかディスコミュニケーションしちゃうことがあるような気がする。でもこれは単純枚挙だな。

posted at 23:37:17

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