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@atoreides

アトレイデス@atoreides

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5,104日(2010/04/08より)
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2013年11月30日(土)1 tweetsource

11月30日

@atoreides

アトレイデス@atoreides

詩人小野十三郎、本名は「藤三郎」らしく。 同音とはいえペンネームを「藤三」から「十三」という数字に置き換えたのは、やはりゴルゴ13と同じく、キリスト13番目の使徒とそこに由来する不吉さが小野を惹きつけた故だろうか?

posted at 11:33:55

2013年11月29日(金)8 tweetssource

11月29日

@atoreides

アトレイデス@atoreides

…村野四郎は、この小野十三郎詩『冬の海から』末尾〈またもや巨大なる物のかたちが / 浮びあがってくる。〉の詩句に、「戦争復活」「軍国主義の恐怖といやらしさ」を見てとるのだけれど、しかし果たして、小野にとって「物」とは、そうした何か別のことの喩えに回収されうるものなのだろうか?

posted at 21:19:32

11月29日

@atoreides

アトレイデス@atoreides


舷側や艦底の浸水個所はげんじゅうに防壁でかこまれている。
あとは揚水ポンプを動かし
浮揚タンクを結びつける仕事がまっているだけである。
準備完了!
波がしら白く立つ冬の海から
またもや巨大なる物のかたちが
浮びあがってくる。

 (小野十三郎詩『冬の海から』)

posted at 21:13:05

11月29日

@atoreides

アトレイデス@atoreides

村野四郎が『現代詩入門』(潮出版 1971年刊)で挙げていた、小野十三郎詩『冬の海から』

すでに
砲塔も
煙突もマストも
きりとられている。
しかしまだ三万五千噸の大戦艦の
赤さびた船体は
おびただしいかきやふじつぼに蔽われて水面下にある。
甲板には木製の防水壁が建てられ

posted at 21:00:46

11月29日

@atoreides

アトレイデス@atoreides

小野詩、物の「酷烈な形象」に深く憑かれていて、実のところ人間なぞどうでもいいんじゃないか?と感じさせてくるものありますね。小松左京の、鉄を喰う新人類描いた『日本アパッチ族』などを読んでもらって、感想聞きたかったものです。 @ka_nu_ka: 小野十三郎の感性

posted at 12:53:41

11月29日

@atoreides

アトレイデス@atoreides

…しかし、中野正剛/出資、花田清輝/編集の『文化組織』から『八雲』、さらに中井英夫/編集の『短歌研究』へ、という、小野十三郎の短歌的抒情批判の掲載誌の系譜、何気に凄いものが!

posted at 00:19:55

11月29日

@atoreides

アトレイデス@atoreides

小野十三郎『この短歌的なもの』では、俳句誌での小野論考掲載をこき下ろしていた人の言葉を上げ、「…この人から見れば、さしずめ詩人にこんな文章を書かせている本誌の編集者もそういうことになるのかも知れませんね。」との形で、中井英夫の編集スタンスにも言及なされ。

posted at 00:13:08

11月29日

@atoreides

アトレイデス@atoreides

…村野四郎による短歌批判と、木俣修への反論などは、村野の論考集『今日の詩論』(宝文館出版 昭和六十一年刊行)に収録されているのだけれど、どうも木俣の論考を読まずには、村野の論についても批評としての成度について判断が下し難く。 『短歌滅亡論 全』といった本など出てほしいもの。

posted at 00:05:35

2013年11月28日(木)41 tweetssource

11月28日

@atoreides

アトレイデス@atoreides

…短歌批判論争が展開されていたことに触れられてきて、興味深く。 この辺りの『短歌研究』での論争掲載については『黒衣の短歌史』では、「斎藤正二が小野十三郎とやりあった』ぐらいとしか語られていなかったのだけれど、…関係論考全てを収録しての研究著作など執筆なされてはいないのだろうか?

posted at 23:55:44

11月28日

@atoreides

アトレイデス@atoreides

『小野十三郎著作集 第二巻』には、中井英夫の無二の相棒であった斎藤正二からの小野批判への反論として書かれた『この短歌的なもの 斎藤正二君への手紙』も収録なされ。この論中、小野は中井英夫が編集長をしていた『短歌研究』において、小野と斎藤のみならず、詩人村野四郎と歌人木俣修の間でも…

posted at 23:49:54

11月28日

@atoreides

アトレイデス@atoreides

…精神主義を「生活」の水準から批判するといった、坂口安吾『堕落論』などの思考に対して、「物」に論拠して精神を批判する小野十三郎の詩作、やはり否応なしに恐怖と戦慄を帯びてくるな!と。 この恐怖は、小野の短歌的抒情批判論考の中にも通奏低音として響いてきているかのようで…。

posted at 23:38:25

11月28日

@atoreides

アトレイデス@atoreides

物質はいま
怒りをもて自らの宇宙を透視する。
炭素や クロームや ヴァナジュムが
鉄に入ってその性能を強化する
かゝる見事な生命現象の例示を
ときにわれらの「魂」共は忘却するのだ。

(小野十三郎詩『精神と物質』、詩集『大海辺』収録)

posted at 23:24:17

11月28日

@atoreides

アトレイデス@atoreides

小野十三郎詩『物質と精神』

「見えるでしょう」と
彼は云った。
私は片目をとじて
小さな器械の上からのぞきこんだ。
強烈な光が一点に集中するところで
鉄が含有する炭素や硫黄のパーセンテージについて説明をきいた。
なんという鮮明さ。
あきらかに
日本がそこにいた。

     ○

posted at 23:19:44

11月28日

@atoreides

アトレイデス@atoreides


物は内に深い寂寥をたたえ
異国の荒れた鉱山や
旧世代の都市の工場地帯から
はるかに
故国の方を見ていた。
私は今物の位置を信じることが出来る。
雑白な
脅迫がましい精神どもが立ち去ったあとから
私は物質をこゝに呼びかえしたい
その酷烈な形象で
全地平を埋めつくしたい。

posted at 23:13:44

11月28日

@atoreides

アトレイデス@atoreides

小野十三郎詩『不当に「物」が否定されたとき」

不当に
「物」が否定されたとき
私は「精神」に対して怒りを感じた。
物質は或るとき
そういう精神どもに取囲まれた。
物は駆り出されて
あちこち逃げまどい
或は天界にすっ飛んだ。
物は容れられず
永久に孤立していた。

posted at 23:09:52

11月28日

@atoreides

アトレイデス@atoreides

…小野十三郎『詩論』、こうした戦時における技術、科学的思考への呼びかけの裏表として、抒情批判が繰り広げられ。 ニーチェ『悲劇の誕生』でのギリシャ把握への批判や、『万葉集』理解を巡っての日本浪漫派的な視座への批判とも結びつき、その思考の幅、徹底性には圧倒されるものが!

posted at 23:04:12

11月28日

@atoreides

アトレイデス@atoreides

小野十三郎『詩論』第十節から 〈…ゴーガンに於けるタヒチやドミニックを、日本の画家と戦争乃至は戦場と云う場合に置き換えてみて(自然にそういう聯想が浮かんだからであるが)多少の感想を得た。それは同時に又、詩人と戦争という問題にも深く触れるところがあるからである。〉

posted at 22:56:54

11月28日

@atoreides

アトレイデス@atoreides

小野十三郎『詩論』第178節 〈科学は今主として刻下急を要する新鋭兵器資材の補給と大量生産の問題をめぐって論じられている。無論、基礎科学陣も仕事を進めているに相違ない。しかしそれらと共に、科学が持つ批評精神の素朴な営為がわれらの戦力となりつつあるかどうかは疑問だ。〉

posted at 22:51:56

11月28日

@atoreides

アトレイデス@atoreides

『詩論』第177節、小野十三郎の戦後に書かれた詩、代表作とも言っていい『不当に「物」が否定されたとき』と、生臭く結びついてくるであろう言葉ではないか、と。

posted at 22:47:44

11月28日

@atoreides

アトレイデス@atoreides

…私はこれは新しい思想だと思っている。大量生産は一つの新しい思想である。そう言ってもいい。精神の位置に於て、物質力というものがその倫理性を恢復した以上、ただ抽象的に「精神」でもって「物質」を批判し去ることは許されない。〉〈問題は軍事科学に限ってもセンチメンタリズムはまっぴらだ。〉

posted at 22:41:56

11月28日

@atoreides

アトレイデス@atoreides

小野十三郎『詩論』第177節から 〈現実的な必要から離れたところで、科学の上で極めて観念的に「日本の」或は「日本的」というような冠詞を附して安心している図はあまり見よいものではない。…量には量をもってということが近頃時々言われる。私はこれを単に生産力増強の合い言葉だと解さない。…

posted at 22:37:44

11月28日

@atoreides

アトレイデス@atoreides

小野十三郎『詩論』第173節から 〈…レオナルド・ダ・ヴィンチ展で、彼の創案になる様々な素朴な機械設定を見て私が感じたことはやはり「質」の魅力ではなくて「量」の魅力であった。〉

posted at 22:32:25

11月28日

@atoreides

アトレイデス@atoreides

…「民族発展の基地を都市に置くことはナチの一つの実験であって、その科学性は批判の余地があるが、一部の論者が言うように、国民精神を維持するための道場は何も農村でなければならなん理由はない」と、肯定的に言及なされ。 …中野正剛はこの小野論考『詩論』に眼を止めてはいたのだろうか?

posted at 22:27:33

11月28日

@atoreides

アトレイデス@atoreides

くだらん精神主義の宣伝にこれつとめていた政府が多少とも近代戦争というものの性質を認識したこれが唯一のまともな発言だったとも云える。」 (小野十三郎『詩論』第三十六節から。) さらには、ナチのすすめるジイドルンク(都鄙共同体)構想なども、…

posted at 22:23:39

11月28日

@atoreides

アトレイデス@atoreides

掲載紙『文化組織』オーナー中野正剛の『国家改造計画綱領』を思い出させるかの、工業地帯への国家規制が感激を込めて記述なされ。「この計画を一読して得た私の感動は謂わ精神のある非情性に関するものだった。風景環境そのものを見事に裁断し更新するところの或る圧倒的な力の存在に関するものだ。…

posted at 22:18:33

11月28日

@atoreides

アトレイデス@atoreides

小野十三郎『詩論』、戦後に小野が論じた抒情批判よりも、はるかに大きく、科学的思考とその技術としての実践について、が、論の俎上に上げられ。 …戦後論考よりも強く「技術と詩作の対話」可能性が孕まれてきていた。

posted at 22:12:32

11月28日

@atoreides

アトレイデス@atoreides

…短歌的な抒情批判を引き出すための回路が大きく異なり。 むしろ戦争に勝つための「物量」「科学技術」を考え抜くことを阻害する様な「精神主義」への批判として短歌的抒情への批判が立ちあげられてきているかの感触が! 小野十三郎『詩論』

posted at 22:03:12

11月28日

@atoreides

アトレイデス@atoreides

小野十三郎の戦後発表の短歌批判の論考『奴隷の韻律』だけを読むと、小野の短歌的抒情批判の視座もまた、戦後民主主義の側から、封建制残滓を引き摺るものとしての「五七の魔」への道徳的基準に基づく批判として回収されてしまう様な感触を受けるのだけれど、この戦時下の論考『詩論』では…

posted at 21:58:24

11月28日

@atoreides

アトレイデス@atoreides

戦時下に『文化組織』に連載されていた小野十三郎論考『詩論』読む。短歌的抒情の批判が、第二次大戦後に湧き起こった様な、軍国主義の同伴者としての短歌への批判としてではない形で言語化されており、酷く興味深いものが! 

posted at 21:46:58

11月28日

@atoreides

アトレイデス@atoreides

@yasu_kum 「ルサンチマンの永劫回帰」! 哲学者の小径で出会った奴が過去の自分だったなら…もっとぶん殴りゃよかった!!と主人公が考えるあたり、強烈でしたね! 決して暗い文体ではなく、むしろユーモアを感じさせてくる作品だったと思うのですが、孕まれてる物はどす黒かったな、と。

posted at 21:34:31

11月28日

@atoreides

アトレイデス@atoreides

…そういえば谷崎の『恐怖時代』なども、善人の蹂躙されるさまが見どころでしたね! 『タートルマウンテン』の悪も、合理化されえない不気味さ孕んで、江戸の悪と、その悪によって動く物語の力学、未だに生々しく表現を挑発し続ける威力在るなと思えました。@KatsuoOkuhara

posted at 21:19:44

11月28日

@atoreides

アトレイデス@atoreides

「返り討ちもの」面白そうな! 団鬼六のSM時代小説に、美少年剣士が仇打ちの助太刀に立つも、悪人に捕まり…という作品あって、流石、鬼六は変なこと考えるなぁと見ていたのですが、むしろ江戸の無惨っぷりの伝統を堂々と継ぐ物だったのか、と思えてまいりました。…@KatsuoOkuhara

posted at 21:06:38

11月28日

@KatsuoOkuhara

奥原佳津夫@KatsuoOkuhara

…『霊験亀山鉾』もその一つですが、“返り討ちもの”と呼ばれるジャンルがあって、非力な善人側が健気に仇討しようとするが、巨悪に次々に惨殺されていく、その無残っぷりが見せ場になっている、っていう…近代以降は感心されない芝居ですね(笑)小芝居で人気だったようです。 @atoreides

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11月28日

@KatsuoOkuhara

奥原佳津夫@KatsuoOkuhara

(その翻案映画は知らぬままの思い付きですが…)南北劇が時に現代的と評されたりするのは、その非合理な(近代的合理主義以前の)「悪」の描き方の故でもあるように思います。 また、別の話ですが、江戸期には観客側の楽しみ方も現代とは違うものがあるようで… @atoreides

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retweeted at 20:56:38

11月28日

@atoreides

アトレイデス@atoreides

@yasu_kum …亡霊的な無時間がふいに置かれてきたようにも感じられて、勝手に同じく小松の時間恐怖短編『影の重なる時』なども思い出してしまっておりました。 小野の「時間」を詩行の素材に引き込む言葉、興味深いですね!

posted at 20:21:54

11月28日

@atoreides

アトレイデス@atoreides

@yasu_kum 小松『哲学者の小径で』、過去の自分らしき者と会って大喧嘩!という展開と、応仁の乱を「前のいくさ」とするような京都という土地の時間感覚が交叉して巧みでしたね。 小野『まちがった道で』、〈樹木の影でも / それが昔見たものとまったく同じに見えたとき〉の詩行には…

posted at 20:14:10

11月28日

@atoreides

アトレイデス@atoreides

「近代的な詩をのりこえる」、…近代詩の超克の方法論としての「歌とは逆に。歌に。」。 花田清輝のこの『詩論』の読みとその形容に対して、小野十三郎はどの様に受け取っていたのだろうか?

posted at 13:12:07

11月28日

@atoreides

アトレイデス@atoreides

花田清輝「『詩論』は、戦争中、わたしの編集していた『文化組織』という雑誌に連載されたが、歌のハンランしていた時代に、『歌とは逆に』という行きかたを、これほど率直に、平明に、粘りづよく、一歩一歩、論理的に展開していったエッセイがほかに一篇でもあったら、お目にかかりたいものだと…」

posted at 13:07:06

11月28日

@atoreides

アトレイデス@atoreides

小野十三郎『詩論』への花田清輝の解説では、『詩論』第98節「歌とは逆に。歌に。」の花田の読みがこう記され。「『歌とは逆に歌に』―主題もまた、『詩論』のなかにみいだされる、その一句につきるであろう。私だったら、前近代的な歌を媒介にして、近代的な詩をのりこえる、というところである。」

posted at 12:53:57

11月28日

@Chisaka_Kyoji

千坂恭二(Kyoji Chisaka)@Chisaka_Kyoji

吉本隆明は、北一輝は革命的な農本ファシスト、中野正剛は体制的な社会ファシストと分類したが、これは信じるに値しない(当時の論敵の花田清輝の東方会在籍問題があるため)。むしろ、北や中野と、戦後民主主義との関連を考察する方が、日本のファシズム論には重要だろう。

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retweeted at 03:15:23

11月28日

@Chisaka_Kyoji

千坂恭二(Kyoji Chisaka)@Chisaka_Kyoji

吉本隆明は日本の戦後思想のルーツとして転向を言い、橋川文三はそれに日本浪曼派体験を加えた。私はもう一つ、転向や浪曼派とは別な、東方会的非転向を加えたいと思う。花田清輝が何者であれ、東方会で戦争をくぐった花田の戦後思想における意味もそこにあるだろう。

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retweeted at 03:15:08

11月28日

@Chisaka_Kyoji

千坂恭二(Kyoji Chisaka)@Chisaka_Kyoji

@yama0117 中野正剛はもとより東方会についての研究も無いか、少ないですね。一つの手がかりは、吉本隆明と論争し、吉本が「ファシスト」と罵りまくった花田清輝が東方会機関誌『東大陸』の編集者だったことかもしれません。吉本の転向論はアジールの否定でもありますから。

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retweeted at 03:12:41

11月28日

@Chisaka_Kyoji

千坂恭二(Kyoji Chisaka)@Chisaka_Kyoji

中野正剛に関するテレビ放送の中で、当時、東方会の一員だった人々のいう、戦時下の東方会の「左翼のアジール」的な性格はほとんど知られていないが、戦後思想を捉えるに際しては、転向、日本浪曼派と並ぶ重要性が指摘出来ると思うと同時に戦後に対する影響こそが日本におけるファシズムの意味だろう。

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retweeted at 03:11:41

11月28日

@Chisaka_Kyoji

千坂恭二(Kyoji Chisaka)@Chisaka_Kyoji

日本の戦争を批判するのは、米英の民主主義でもなければ、ソ連の社会主義でもない。反帝反ソの日本帝国主義と日本の戦争を批判し得るのは日本自身だ。東條体制打倒を画策し、戦争指導体制を批判した日本の純正ファシストである中野正剛と東方会の意義もそこにある。

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retweeted at 03:11:37

11月28日

@atoreides

アトレイデス@atoreides

…小野十三郎『詩論』、昭和二十二年の単行本化もまた、東方会中野正剛の息子たちが経営していた出版社「真善美社」から刊行なされ。 『文化組織』には、花田清輝『復興期の精神』掲載や、岡本潤、若き関根弘らの参加もあったらしく。

posted at 02:55:14

11月28日

@atoreides

アトレイデス@atoreides

小野十三郎『詩論』が収録されている『小野十三郎著作集 第二巻』(筑摩書房 一九九〇年刊)を知人より借りる。『詩論』が、東方会の中野正剛より資金給与を受けていた雑誌『文化組織』(編集は花田清輝と正剛の弟、中野秀人)に昭和十七年二月号~十八年十月号にかけて連載されていたと聞き、吃驚。

posted at 02:21:12

11月28日

@atoreides

アトレイデス@atoreides

影響関係は分からないのですが、小野の詩、怪奇寄りのSF短編に近い発想と感じられるもの多いですね。 「戦艦の亡霊」なんかが出てくる詩も在って。 @ka_nu_ka: 筒井康隆の「傾斜」そっくり…こちらは果てのない座敷をどこまでも駆け下っていくのですが。「傾斜」は1981年初出。

posted at 00:08:34

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