@orionaveugle …ナイフの中にレーニンの幻影を示し、そのレーニンの幻影もまた、自分を見ているプトスクに気付いたらしい…などのディティールの描写もゾッとさせられる吸引力あり、色々と惹き込まれました。 「ジェネレーションP」完全版単行本早く出してほしいものですね。
posted at 20:51:17
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@orionaveugle …ナイフの中にレーニンの幻影を示し、そのレーニンの幻影もまた、自分を見ているプトスクに気付いたらしい…などのディティールの描写もゾッとさせられる吸引力あり、色々と惹き込まれました。 「ジェネレーションP」完全版単行本早く出してほしいものですね。
posted at 20:51:17
@orionaveugle 「チャパーエフと空虚」本当に興奮いたしました。 ロシア内戦を取り囲む社会主義リアリズムの歴史意識にチャパーエフ・アネクトードをぶつけ、そこにさらにゴーゴリからブルガーコフまでの狂人日記ものを現代に甦らせて重ねていく、その方法論にもう圧倒されたのですが…
posted at 20:42:54
藤子A「プロゴルファー猿」ドラゴン・リー編 居並ぶ偉丈夫たちの肉の壁を、リーがヌンチャク・ドライバーで打ったゴルフボールがスライスしながら走り抜けていく場面のスペクタクルは、もうほとんど凶々しい。
posted at 20:30:58
「白鯨」からの「ビック・1」や、エドガー・スノー「中国の赤い星」の「長征」部分に反応して描かれた「毛沢東伝」など、藤子Aのメガロマニアックな事物、出来事への関心の現れだろうか。書物に「ドーン!」と打たれて「メラメラメラ」と魂燃やしたのか。
posted at 20:26:32
ジャンプスクエア1月号の藤子不二雄Aの連載を読んで、タイトルだけは知っていたAの1962年作「ビック・1」が、メルヴィル「白鯨」に影響を受けた巨大鯨ものだったと知る。スクエアには映画版グレゴリー・ペック風のエイハブに扮したAの写真も掲載されていたのだけれど、なかなかカッコイイ。
posted at 20:15:42
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変な関係性といえば、ペレーヴィンは「チャパーエフと空虚」の精神病院から退院する患者用のアンケートに、映画「アレクサンドル・ネフスキー」「ナザレのイエス」「地獄に堕ちた勇者ども」を三択の答えとするような質問作っていたが…この三本の並びはなんなのか? 好きなのか。
posted at 02:08:32
ペレーヴィン、「眠れ」収録の架空の宗教思想家アントーノフについてのフェイク論文「マルドングたち」も、引かれた虚構の関係性の線が、本当に存在しているかの惑わせ作ってきて面白い。最後の一行は「それ自体が怖いものであるような恐怖の表現についての論文」書くための示唆となるかもしれない。
posted at 02:02:05
@oono_n ターボリアリズムについての詳細な解説ありがとうございます。ストルガツキー兄弟「滅びの都」からソビエト崩壊後のロシアの現代SF、手に入るもの読みまくっていきたいですね。
posted at 23:06:41
ターボリアリズムの萌芽は、ストルガツキー兄弟が封印していた「滅びの都」にすでに見て取れる。当時は名称が付いていないので「新しいファンタスチカ」と呼ばれていた。
Retweeted by アトレイデス
retweeted at 22:58:41
ペレストロイカ時代に翻訳されたアメリカのSFで、真に影響を与えた作家はディックとシェクリイだけだったかもしれない。アメリカSFに影響を与えたソ連・東欧の作家がレムとストルガツキー兄弟だけだったのと同じような話で。ルキヤネンコはアンダーグラウンド出身なので、真のポスト・ソ連な作家。
Retweeted by アトレイデス
retweeted at 22:58:23
文学のウィークポイントとされていたテクノロジーやサイエンスと人間の関わり、それはSFの課題でもあったのだが、それを古典的ロシア・リアリズム文学手法と融合させる必要性は、当時のソ連にいたSF作家にとって必要不可欠な実験だった。それがターボリアリズムと呼ばれた。
Retweeted by アトレイデス
retweeted at 22:58:09
ソ連政府によって検閲・禁止されていたブルガーコフや海外文学のボルヘス、マルケスなどの手法を現代的に復興させようとしたのがターボ・リアリズムであり、SFと古典ロシア文学の融合を目指したものだったのです。ディックのロシア語翻訳は当時のSF作家に衝撃を与えました。
Retweeted by アトレイデス
retweeted at 22:57:45
ターボリアリズムで当時は最高の評価を受けたのがペレーヴィン「オモン・ラー」とヴェレル「パリに行きたい」の二作です。
Retweeted by アトレイデス
retweeted at 22:57:34
「チャパーエフと空虚」 歴史については具体的な事件を取り上げていく形の語りを取らないにも関わらず、バカバカしく、しかし悲痛に、ある歴史過程の終わりが、この450ページの中で露現されているかの。
posted at 22:54:36
プトスクを「永久禁固するはずの社会主義リアリズム散文」のほころび、崩壊過程に巻き込まれる…という出来事でもあったかもしれない。
posted at 22:44:31
ペレーウィンは短編「ヴェーラ・パーヴロウナの夢」で、ヒロインが自分を「社会主義リアリズム散文へ永久禁固」しようとしているのを「誰かが話しているのを自覚」する、というゾッとしないシチュエーションを作り上けていたのだけれど、「チャパーエフと空虚」で主人公プトスクに起こっていたのは…
posted at 22:41:14
ペレーヴィン「チャパーエフと空虚」読了。面白かった! チェーホフ「黒衣の僧」やドストエフスキィ「おかしな男の夢」のような存在論的眩暈もたらすような駄法螺と会話の脱線がえんえん続けられる中に、「チャパーエフ」「コトフスキィ」といった革命の英雄のフィクションの造形がぶつけれらる。
posted at 22:34:05
現在のロシア・ファンタスチカでターボリアリズムの影響を受けていない人はいません。なぜなら、ターボは古いロシア文学のリアリズム文学手法を復興する運動だったからです。 RT @atoreides: @orionaveugle ペレーヴィンが主導していたという「ターボ・リアリズム」
Retweeted by アトレイデス
retweeted at 22:26:42
@orionaveugle ペレーヴィン、ロシアのジャンルSF誌出身と「眠り」の解説にありましたが、ペレーヴィンが主導していたという「ターボ・リアリズム」、ロシアSFにどのようなうねりを起こしていたのか、気になるところですね。 興味深い作家をお教えくださりありがとうございました。
posted at 19:20:21
@orionaveugle 「チャパーエフと空虚」映画化の企画進められていると解説にありましたが、映画「チャパーエフ」や「コトフスキィ」を素材として見事に使いこなし、社会主義リアリズムを異化、不気味化出来るような映像の交錯を作れるスタッフに撮られること期待したいですね。
posted at 19:15:11
@orionaveugle その語りに「チャパーエフ」「コトフスキィ」を這入り込ませるペレーヴィンの歴史の捉え方、語り方の重層性、「チャパーエフ」絡みの表現を知らない日本人が読んでも挑発的ですね。川端「片腕」のもじりやカワバタヨシツネには爆笑いたしました。
posted at 19:11:02
@orionaveugle ペレーヴィン「チャパーエフと空虚」「青い火影」読んだのですが、この作家面白いですね! 「チャパーエフと空虚」、一人称採られているのに、それが主観でなく、何かスクリーンに映写された自己と周囲の出来事の記述めいて感じられ、これは何なのかとの驚き在りました。
posted at 19:04:58
この「戦争と平和」絵、ロング「ティンダロスの犬たち」の「角度」や、保田與重郎「やぽんまるち」の楽曲などと同じく、言葉によってしか成立しえない、存在しえないハッタリ感じさせられて何か惹きつけられてしまう。 漫画でいえば、「アセチレン・ランプの蝋燭」のような在り方の奇怪さが。
posted at 13:03:16
「チャパーエフと空虚」 病院に収容されている患者たちの絵画が示されるシーンもあるのだが、その中に「(トルストイの)『戦争と平和』のすべての登場人物とすべての出来事が収まった絵が存在するとすれば、このようなものだろう」とされる絵も登場。
posted at 12:54:40
カワバタヨシツネに「詩」を作ることを求められたロシア人が偶然詠んでしまう短歌がなかなかのもの。詩を作ることの無意味さを詩で詠むという。 五七五七七で歌われているのだけれど、原語ではどうだったのだろう?
posted at 12:50:20
ペレーヴィン「チャパーエフと空虚」読み進み。 前半で川端康成「片腕」のもじりが描かれていたのだが、中盤、日本人さらりーまん、カワバタヨシツネが登場!
posted at 12:42:46
「詩的な概念がすぐに実際的な行動に結びつく」 これは例えば、神話で表象されるような英雄の祖形についての、もっとも簡潔な言い当てかもしれない。ただ、語られる状況と語るものはくっきりと異様なのだけれど。
posted at 02:29:50
患者の一人、マリアが捉えたアーノルド・シュワルツェネッガー像がカッコいい。 シュワルツェネッガーの行動について「マリアはなぜ詩的な概念がこれほどすぐに実際の行動につながるのか、いささか唖然とした。しかしすぐに、これこそが本物の男なのだと思い直した。」
posted at 01:17:32
「チャパーエフと空虚」 「ターボ・ユングイズム」療法によって、シュワルツェネッガーと川端康成「片腕」が患者の脳内から言語化されて読者の前に引き出される。ひきつった笑いと哀切な何か。
posted at 01:08:55
「サブカルチャー戦争」巻末で取り上げられていた一冊、ペレーヴィン「チャパーエフと空虚」読み始める。チェーホフ「六号室」の流れを汲むロシア精神病院もの。今年は「ドウエル教授の首」の精神病院のくだりに瞠目させられていたのだが、「チャパーエフと空虚」も、なかなか、かなり、凄く面白く。
posted at 01:04:05
そういえば手塚治虫も「ホフマン物語」には魅了され、ベスト映画に挙げていたのだった。手塚、スコセッシ、ロメロ…、面白い顔ぶれ。 「ホフマン物語」についての手塚とロメロの対話など聞いてみたかったもの。
posted at 19:47:41
@giyomu_toma スコセッシはレイジング・ブルの編集中にパウエルの『ホフマン物語』を観て参考にしていたとスクーンメイカーが語っていました。なんでもホフマン物語の16ミリプリントを美術館に借りに行くとロメロが何度も借りていて貸し出し中だったこともあったそうです。
Retweeted by アトレイデス
retweeted at 19:41:08
しかし「3Dアニメ化された『地には平和を』」などと書いてしまっていたけれど、そもそもアニメで描かれているキャラクターや事物が夢に出てくるときは、常に夢に現れる他の形象と差異のない、3次元的に認識されているような・・・? 夢に3次元という形容も変だが。
posted at 19:38:35
しかし、「地には平和を」の3Dアニメの夢、後半は原作になかった3発目の原子爆弾投下の展開在るらしく、恐ろしく、胸苦しく。中途で目が覚めてしまう。
posted at 19:29:21
小松左京の昭和二十年八月十五日に戦争が終わらない時空改変SF「地には平和を」が、劇場用3Dアニメ化された!という夢を見る。原作ではわずかに触れられるのみの震電の本格的な飛行シーンの作画素晴らしく、「3Dによる板野サーカス!」と夢の中で興奮。作画スタッフはスタジオ・カラーだったか?
posted at 19:25:44
そういえば中谷宇吉郎が戦時中に従事していたのは、航空基地の発着状況確保のための「霧を晴らす」装置の開発だったらしい。エッセイ「硝子を破るもの」によると、重油の完全燃焼装置を利用しての試作機第一号が終戦時には完成していたという。
posted at 13:46:48
テア・フォン・ハルボウ「メトロポリス」新訳出るのか! 創元推理版の前川訳と比べての、どういう20年代ドイツ語がどう日本語に置き換えられたのか?の探査針持てるようで楽しみ。
posted at 13:35:58
中公文庫:『新訳 メトロポリス』テア・フォン・ハルボウ/酒寄進一
Retweeted by アトレイデス
retweeted at 13:24:43
中谷宇吉郎が後に書いた付記によると、「千里眼その他」は、「千里眼」批判を通じて、戦時下、政治のプロパガンダと結びついて広まろうとする「日本的科学」という疑似科学の高まりを批判、牽制して、「真の国防科学」による総力戦体制確立を目指して書かれたものだったという。
posted at 13:16:20
「中谷宇吉郎随筆集」科学映画関連の記述以外にも、明治期の「千里眼は存在するか否か?」をめぐっての科学者間の論争を、千里眼否定の立場から改めて取り上げた「千里眼その他」なども面白く。この随筆は、太平洋戦争さなかの昭和十八年五月の「文藝春秋」誌に掲載されたものなのだけれど…
posted at 13:09:35
中谷宇吉郎が「雪雑記」で記述していた、雪の結晶の側面写真を撮影するための工夫は、コロンブスの卵。
posted at 01:20:07
ウィルソン霧函、シェリーレン法などの実験用光学装置の発明、探求は、そのまま「科学映画」への欲動にも真っ直ぐ繋がってきているものと思える。
posted at 01:14:32
中谷宇吉郎随筆「『茶碗の湯』のことなど」では、ウィルソン霧函やシェリーレン法、影写真法などの人間の視覚では捉えきれぬ物理現象の可視化の方法について触れられてきているのだけれど、この可視化による観察、物理現象を測定可能にしようとする実験用光学「装置」の発明、探求は…
posted at 01:10:38
中谷宇吉郎によると、第二次大戦前の科学映画は、当然と言おうか、いかにもと言おうか、やはり独逸、ウーファスタジオ製作による科学映画に、分子、電子、気流の運動を可視化してフィルムに写し取って見せる、優れたものが多かったらしい。
posted at 00:57:42
日本科学映画黎明期を主導した者が、こうした「分る」ことの一面性への批判、「知識の伝達」が根本目的ではないと捉えていたのは興味深い。「科学映画には単に講義や読書の代用品または簡易法としてよりも、もっと広くそして重要な道が在るように私には思われる」という結語からは科学映画への本気が。
posted at 00:46:37
「『分る』ということが既に問題なのである。中学の物理や化学の授業では、分るということは試験の答案が書けるという意味である。もちろん暗記しているという意味ではなく、「分っている」という意味で答案が書けることを指してのことである。そういう風に「分る」ことが果して科学振興になる」のか?
posted at 00:38:48
物理現象が直際に可視化しえず、伝え難いものならば「思い切って『分らす』ということを最初から断念してしまうのが、この種の映画の一つの進む道ではないか」「現象自身の説明などに余り労力を使わずに、実際の実験室の光景を写して」「現象自身の説明より、その現象を包む雰囲気を説明するのである」
posted at 00:34:27
「科学映画の一考察」では、動物や植物などの生態を顕微鏡撮影や微速度撮影などを用いて、面白く見せることのできる「博物もの」に対して、数学や物理化学などの、現象そのものを可視化しずらい「理化もの」について、思い切った提言なされていた。
posted at 00:27:25
雪の研究で知られる物理学者、中谷宇吉郎の随筆集読んでいたら「科学映画の一考察」という短文が収録されていた。解説によると、中谷宇吉郎は、戦前戦中にかけて12本の科学映画を製作、監修し、戦後には「中谷研究室」という、後に岩波映画製作所へと発展する科学映画研究団体を設立していたという。
posted at 00:21:34
「フェイト/ゼロ」のアニメ化の企画進行を知り、期待と不安が。 とにもかくにもイスカンダルをカッコよく描ききってほしいのだが。
posted at 00:12:10